大阪府羽曳野市
方墳
宮内庁治定陵墓
塚穴古墳
宮内庁:来目皇子 埴生崗上墓
| 所在地 | 大阪府羽曳野市 |
| 形状 | 方墳 |
| 墳丘一辺 | 54 m |
| 築造時期 | 7世紀前半 |
| 指定区分 | 陵墓 |
| 陵墓指定 | 宮内庁が管理(墳丘は立入り不可) |
概要
羽曳野市はびきの3丁目にある終末期古墳。南側の土手は幅16m・高さ2.5mの2段、北側は幅38m・高さ3mに達し、土質を使い分けた計画的な盛土が確認されている。飛鳥時代の大型墓へつながる設計・土木技術を示す。羽曳野市は古市古墳群(4世紀後半〜6世紀中葉)とは別に、終末期古墳として紹介している。
出土品・調査研究
切石造りの横穴式石室が知られる。副葬品の詳細は不明。
指定・治定と考古学的見解
指定・治定
宮内庁が来目皇子埴生崗上墓として治定・管理する。
治定=宮内庁が陵墓の被葬者を定めて管理すること。文化財の指定とは別の制度です。
考古学的見解
7世紀前半に築かれた一辺54mの大型方墳で、切石造りの横穴式石室をもつ。2005年度以降の周辺調査により、濠の外側を大規模な土手が取り囲み、墳丘・濠・土手を合わせた墓域が約130m四方に及ぶことが判明した。羽曳野市は、被葬者を、推古天皇11年(603)に亡くなり、後に河内の埴生の岡の上に葬られた来目皇子と推定している。
探索メモ
陵墓のため墳丘内には立ち入れない。外周から見学する際も管理区域へ入らない。
出典
最終更新:
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