大阪府羽曳野市
前方後円墳
宮内庁治定陵墓
高屋築山古墳
宮内庁:古市高屋丘陵(安閑天皇陵)
別名:安閑天皇陵古墳
| 所在地 | 大阪府羽曳野市 |
| 形状 | 前方後円墳 |
| 墳丘長 | 122 m |
| 築造時期 | 6世紀前半頃 |
| 指定区分 | 陵墓 |
| 陵墓指定 | 宮内庁が管理(墳丘は立入り不可) |
概要
高屋丘陵北端に築かれた墳丘長122mの前方後円墳。後円部は直径78m・高さ13m、前方部は幅100m・高さ12.5mで、幅約15mの周濠が全周する。外堤は地形の変形が著しく、規模は明確でない。中世の高屋城築造や陵墓改修で墳丘本来の形態は大きく改変され、前方部北隅の直角部分が当初形態かも確認されていない。埴輪・須恵器とペルシャ製ガラス椀の年代観から6世紀前半頃の築造と考えられる。宮内庁が安閑天皇陵「古市高屋丘陵」として管理する。
出土品・調査研究
埋葬施設・副葬品の詳細は不明。墳丘などから埴輪・須恵器が出土し、正倉院所蔵品と同種のペルシャ製ガラス椀も知られる。周濠は幅約15mで全周する。
指定・治定と考古学的見解
指定・治定
宮内庁の陵形は前方後円。古市高屋丘陵(安閑天皇陵)として宮内庁が管轄。政府答弁書(2010年)は考古学上の名称を「高屋築山古墳」とし、羽曳野市は「安閑天皇陵古墳(高屋築山古墳)」と表記する。宮内庁の陵名は「古市高屋丘陵」。安閑天皇(第27代)の陵として治定されており、宮内庁書陵部が立入りを管理する。周堤の一部は、2024年に国史跡「古市古墳群」に「安閑天皇陵古墳周堤」として追加指定された。
治定=宮内庁が陵墓の被葬者を定めて管理すること。文化財の指定とは別の制度です。
考古学的見解
古市古墳群の南部に位置する。埴輪・葺石が確認されており、古墳時代後期の築造技術を示す。被葬者は特定されていないが、羽曳野市は、出土する埴輪や須恵器の特徴と、正倉院と同種のペルシャ製ガラス椀の年代観から、6世紀前半頃の築造と考えられるとしている。
探索メモ
陵墓のため一般の立入りはできないが、外周の道路から墳丘の輪郭を望むことができる。所在地は大阪府羽曳野市古市5丁目。宮内庁の案内では、近鉄古市駅から徒歩約10分で、参拝は原則年間を通じて8時30分〜17時。陵印は大阪府羽曳野市の古市陵墓監区事務所で押印できる(無料。受付は8時30分〜17時で、土日祝・年末年始(12月29日〜1月3日)などは対応できない場合がある)。
出典
最終更新:
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