滋賀県米原市
円丘
宮内庁治定陵墓
村居田古墳
宮内庁:息長陵(広姫)
| 所在地 | 滋賀県米原市 |
| 形状 | 円丘 |
| 現陵の円形マウンド直径(明治期造成) | 約10m |
| 築造時期 | 5世紀末頃 |
| 指定区分 | 陵墓 |
| 陵墓指定 | 宮内庁が管理(墳丘は立入り不可) |
概要
米原市村居田の光運寺に隣接し、敏達天皇の皇后・息長広姫の陵に治定されている。寺院工事で発見された石棺や埴輪が、陵の伝承と古墳の年代を考える手がかりとなっている。
出土品・調査研究
1696年の光運寺改築時に石棺・石槨が発見された。後年の本堂基壇石垣の改修時には、5世紀末頃と考えられる埴輪が多数出土した。
指定・治定と考古学的見解
指定・治定
宮内庁が「息長陵(おきながのみささぎ)」として管理し、敏達天皇の皇后・広姫の陵に治定する。明治期に陵として整備された。
治定=宮内庁が陵墓の被葬者を定めて管理すること。文化財の指定とは別の制度です。
考古学的見解
米原市の資料によると、1696年の光運寺本堂改築に伴う開墾で石棺と石槨が発見され、後年の基壇改修時には埴輪が出土した。埴輪と家形石棺は5世紀末頃とされ、広姫の6世紀後半より古い。滋賀県文化財保護協会の研究は、現陵の円形マウンドを直径約10m、明治10年頃の造成とする。元の古墳には約30m説と100m超説など異なる復元案があるが、埋葬施設との位置関係が確定できず、本来の墳形・規模は復元困難と結論する。規模欄の約10mは現陵の高まりの直径で、古代墳丘の長さではない。
探索メモ
宮内庁管理のため拝所から参拝する。広姫は息長真手王の娘で、米原市近江地域の息長古墳群(山津照神社古墳〈〉など)↗とあわせて息長氏ゆかりの地として訪ねられる。
出典
最終更新:
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