大阪府柏原市
前方後円墳
玉手山3号墳
別名:勝負山古墳
| 所在地 | 大阪府柏原市 |
| 形状 | 前方後円墳 |
| 墳丘長 | 110 m |
| 築造時期 | 3世紀末 |
| 指定区分 | 未指定 |
概要
玉手山古墳群で最初に築かれた100m級の前方後円墳。安福寺に伝わる重要文化財・割竹形石棺蓋の伝出土地で、大坂夏の陣の古戦場「勝負山」の名でも知られる。
出土品・調査研究
管玉4点、紡錘車形石製品2点、銅鏃13点、鉄剣または鉄槍1点以上、鉄刀1点以上、鉄鏃14点以上、小札80点以上(革綴冑)、ヤリガンナ3点以上、鑿2点以上(2008年度の盗掘坑埋土の調査)。円筒埴輪・朝顔形埴輪・壺形埴輪。伝出土の割竹形石棺蓋(讃岐・鷲ノ山産凝灰岩、長さ約260cm、直弧文、重要文化財)。
指定・治定と考古学的見解
指定・治定
安福寺境内に伝わる割竹形石棺蓋(3号墳出土と伝える)が1990年に国の重要文化財に指定されている。
考古学的見解
玉手山丘陵の北寄りで最も標高の高い位置に、前方部を西南西に向けて築かれた前方後円墳。墳丘長は柏原市が約110m(後円部の墳端が未検出のため未確定)とし、文化庁の重要文化財解説では全長約150mとする。3段築成。後円部墳頂の竪穴式石槨(推定)は盗掘で壁体を失っていたが、墓坑底の礫面に約4.0m×1.5mの赤彩範囲が残り、ここに棺が置かれたとみられる。円筒埴輪と最古段階の朝顔形埴輪は奈良県の東殿塚古墳のものに似る。9号墳に続く3世紀末頃の築造で、群内で最初の100m級の前方後円墳とされる。
探索メモ
柏原市立老人福祉センター「やすらぎの園」の南。前方部の南半分は削られて崖になり、後円部の北西も果樹園で改変されている。墳丘長は柏原市の約110m(未確定)と文化庁の約150mが併存する。割竹形石棺蓋は安福寺境内の覆屋で保存。玉手山1号墳とあわせて。
出典
最終更新:
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