大阪府松原市・羽曳野市
前方後円墳
河内大塚山古墳
宮内庁:大塚陵墓参考地
| 所在地 | 大阪府松原市・羽曳野市 |
| 形状 | 前方後円墳 |
| 墳丘長 | 335 m |
| 築造時期 | 6世紀中葉以降 |
| 指定区分 | 陵墓 |
概要
松原市と羽曳野市にまたがる巨大前方後円墳。全長335m、前方部幅230m・高さ4m、後円部径185m・高さ20mで、周囲に濠を巡らす。古市古墳群で最後の時期に築かれた巨大前方後円墳とされ、宮内庁が大塚陵墓参考地として管理する。
出土品・調査研究
後円部には「ごぼ石」と呼ばれる、横穴式石室の天井石と考えられる巨石が残る。18世紀後半まで横穴式石室の一部が開口していたことも文献から分かるが、埋葬施設と副葬品の全容は不明。
指定・治定と考古学的見解
指定・治定
1925年9月21日に大塚陵墓参考地となり、宮内庁が管理する。政府の答弁書は被葬者を「不詳」と記しており、特定の天皇の墓とは認定していない。松原市と羽曳野市にまたがる墳丘への自由な立ち入りはできず、学術的な発掘調査も行われていない。
治定=宮内庁が陵墓の被葬者を定めて管理すること。文化財の指定とは別の制度です。
考古学的見解
松原市は、埴輪の存在が明瞭でなく、低く大きく開く前方部と不明瞭な後円部段築など、後期古墳の特徴を示すことから、6世紀中葉以降の築造とする(同市の別の解説では6世紀後半頃)。一方、宮内庁書陵部の1986年度の外堤調査では、墳丘裾から朝顔形埴輪の頸部とみられる埴輪片が採集されている。被葬者は特定されていない。
探索メモ
宮内庁が管理するため、墳丘には立ち入れない。眺められる場所として、松原市は近鉄南大阪線の車窓と府道の高架を紹介している。河内松原駅から恵我ノ荘駅へ向かう電車からは南側に木々に覆われた墳丘が見え、府道が線路をまたぐ高架の上からは墳丘の全体を望める。
出典
最終更新:
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