奈良県葛城市
墳形不明
宮内庁治定陵墓
二上山墓
宮内庁:大津皇子墓
| 所在地 | 奈良県葛城市 |
| 形状 | 墳形不明 |
| 指定区分 | 陵墓 |
| 陵墓指定 | 宮内庁が管理(墳丘は立入り不可) |
概要
葛城市染野、二上山雄岳の山頂に治定された大津皇子墓。万葉集の挽歌で知られる。葛城市の案内は、天武天皇の第3皇子だった大津皇子が24歳で謀反の罪を着せられたと伝える。
出土品・調査研究
埋葬施設・出土品は公開資料上不明。
指定・治定と考古学的見解
指定・治定
宮内庁が「二上山墓(ふたかみやまのはか)」として管理し、天武天皇の皇子・大津皇子の墓に治定する(二上山雄岳山頂・標高517m)。
治定=宮内庁が陵墓の被葬者を定めて管理すること。文化財の指定とは別の制度です。
考古学的見解
二上山雄岳山頂にある宮内庁治定墓。公開資料からは墳丘の考古学的な形・規模・築造年代・埋葬施設・出土品を確定できない。宮内庁の治定とは別に、葛城市は、山麓の鳥谷口古墳が『万葉集』に記された大津皇子の墓であるという説もあると紹介している。大津皇子は686年に謀反の嫌疑で自害した悲劇の皇子で、姉・大伯皇女の挽歌が万葉集に残る。
探索メモ
近鉄二上神社口駅または当麻寺駅から雄岳山頂まで徒歩約1時間30分〜2時間。
出典
最終更新:
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