京都府京都市伏見区
前方後円墳
宮内庁治定陵墓
黄金塚2号墳
宮内庁:巨幡墓(伊予親王)
| 所在地 | 京都府京都市伏見区 |
| 形状 | 前方後円墳 |
| 墳丘長 | 120 m |
| 築造時期 | 4世紀末〜5世紀初頭 |
| 指定区分 | 陵墓 |
| 陵墓指定 | 宮内庁が管理(墳丘は立入り不可) |
概要
京都市伏見区桃山町、伏見の丘に隠れた「京都市内最大級の古墳」。平安京よりはるか前、この盆地に王権級の首長がいたことを静かに証言する。
出土品・調査研究
1974年(昭和49年)の宮内庁の立会調査で、墳丘の崖面から粘土槨の礫床とみられる遺構を検出し、その脇から鉄製の小札(小札革綴冑に用いられた可能性があるとされる)・帯状金具・円形金具などが出土した。1996年の花園大学の発掘調査で墳丘裾の埴輪列を検出し、盾形埴輪(鰭部に人物の線刻画をもつものを含む)などが出土した。
指定・治定と考古学的見解
指定・治定
宮内庁が桓武天皇の皇子・伊予親王の「巨幡墓」として管理する(1884年治定)。宮内庁書陵部紀要27号によると、宮内庁が管理するのは墳頂に当たる部分で、五輪塔1基が安置されている。前方部は1940〜50年代に学校用地となっており、陵墓地は墳丘の一部にとどまる。管理地には立ち入れない。
治定=宮内庁が陵墓の被葬者を定めて管理すること。文化財の指定とは別の制度です。
考古学的見解
墳丘長約120mの前方後円墳で、前方部の大半は失われている。京都市文化財保護課の研究紀要(2023年)の編年図では古墳時代前期の最終段階(4期)に置かれ、京都市伏見区役所の解説は5世紀に入って築かれたとする。京都市は「京都市内最大級の前方後円墳」とし、伏見区役所は伏見一帯を支配した首長の存在を示す古墳の一つとする。
探索メモ
参道入口は施錠されており、外観のみ見学できる。JR「桃山」駅圏。
出典
最終更新:
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